いまの小さな音は

こんなことを思ってはいけない

そんなことをしてはいけない
親からの軽蔑
親戚や近所の人の目
会社での立場
そうやって自分を100万人殺して生きてきた
 
誰にも怒られない大人になったけど
ぐるぐるに巻かれた手足を
自分で解くことができない
好きに生きようとすると
うしろから誰かが見ている気がして
身がすくむ
 
魅せられたら目を閉じる
褒められたら疑う
誘われたら戸を締める
まゆをしかめ蓋をして真鍮の鍵をかける
罪悪感は嫌悪感にまで化け育つ
 
えーっと
わたしは何をしに生まれてきたんだっけ
こんな予定でしたっけ
 
中のひとは泣く
本当は
本当は
あんなことやこんなこと
してみたい見てみたい行ってみたい味わってみたい
 
 
 
 
君は突然現れた
キラキラ輝いていた
誰にも期待されず
誰にもたしなめられず
そのまんま大きくなってきた君
したいことを恥ずかしいなんて思ったことなくて
親にも先生にも世の中にも
なにも隠すことない自分を見せている
その姿の可愛らしさに
わたしは射抜かれてしまったのだ
 
君はわたしの中を覗き込んできて
少なからず驚いたようすを見せた
いてもたってもいられなくなった君は
部屋の中を漁るように一冊の本を見つけ
息を切らせてわたしのもとへ
 
「苦しい時いつもこの本の中に逃げ込んで、助けられました。どうしても愛を伝えたくて、どうしてもこれをあげたかったのです」
 
本の中の言葉は
煌めき踊り
おへその下を燃える感じにさせた
 
わたしの中でなにか音がした
小さくて聞き逃してしまいそうな音だった
かしゃ
あの真鍮の鍵が開いたのだとわかった
 
ふたを開けたら
長いあいだ寝たままの女の子の人形が入っていた
真珠のネックレス
黒ビロードのワンピース
レースの靴下
真っ白な籐籠
 
まだ一度も動かしたことのない手足
もしかしたら動かせる?
 
ぐるぐる巻きはとっくに取れていた
あんなことこんなこと
できるかもしれない
ドキドキする
楽しすぎる
昨日まで取り組んできたことは
ほんの少し色褪せる
 
おそるおそる手を伸ばしてみる
そっと一歩踏みだす
これからきっと見えない景色が見えてくる